2023年11月12日に開催された鍵盤ジェダイズのYMOチャレンジ(本当はそういう名称ではないが、本質としてそういうもの)。坂本龍一パートを担当した服部の、使用機材と運用詳細を解説する。同年4月のお披露目的意味合いのあった"Public Beta"では、アナログシンセ、あるいはヴァーチャルアナログシンセを使うことに注力した。それもひとつの解釈ではあるが、2回目となる今回は機材の単純化と、しかしチープにはならない音色使いを目指してみた。
さて改めてKENBAN JEDI's YMO LIVEとは、1978年、79年当時のYMOが、2023年現在の機材を使うことができたらどういうアプローチをしただろうか?という仮説提言と実証例提示の場である。だから当時の彼らがどういう機材を使い、それら機材にどういう役割を与えていたかを再考することには意味がある。坂本龍一の当時のメイン鍵盤はMoog Polymoog 203aとARP Odyssey(2台)である。メロディをPolymoog、ソロをOdysseyという弾き分けがあったようだが、厳密ではないだろう。つまりポリフォニックシンセとモノフォニックシンセがあれば良い。そういう前提で揃えてみたのが下記のシンセサイザーズ。
上掲画像・客席に正対する側
<上段>ヤマハ CS01
前述歴史的背景から見ればOdysseyに相当する。CS01は1982年デビューのヤマハシンセヒエラルキー最下層の製品。どちらかというとカシオのカシオトーンやヤマハのポータトーンに近い。ヤマハCSシリーズらしい育ちのよいオシレーター信号だが、イイコチャンなだけにやや個性に欠ける。またフィルターセクションのレゾナンスはハイ・ローの2択、LPFの効きも穏やかなので、余計にオシレーターの素性に頼りきりになりがちだ。ところがコンプレッサーをかけてモデュレーション系、空間系エフェクトをかけるとかなり「攻め」の音色に豹変する。実際の演奏ではテクノポリスのAメロや東風のBメロなど、楽曲的に雰囲気ががらっと変わる場面で使用することが多かった。もちろんコズミックサーフィンでは大活躍だった。
<中段>ネイティヴインストゥルメンツ コンプリートコントローラーA61
MIDIコントローラーで左側セクションのApple MacBook Pro内のスペクトラソニック オムニスフィア2を鳴らしている。世の中に数多あるMIDIコントローラーの中からA61を選択した理由はその鍵盤タッチである。単なるON/OFFスイッチでしかないような鍵盤が横溢する中で、A61の鍵盤は古のヤマハのライトウェイト鍵盤のタッチに近い。MIDI CCデータ用のツマミも充実しているのだが私は充分活用できていない。ライヴではもっぱら鍵盤とピッチベンド、モジュレーションばかり。ライヴシステムの中でもまだまだ開発可能性を秘めている。
<下段>マッキー MS1402-VLZ
ミキサー。服部の演奏楽器をひとまとめにしてSRへ送るのと、クリックとメンバー全員の演奏信号をモニターするキューボックス的働きとふたつの役目がある。自分の演奏は1402内部のフェーダー操作後の音を直接モニターしたかったので、SRへはマスターではなくAUXから送ることでクリック類を切り離している。KENBAN JEDI'sでは物理的にモニタースピーカーを設置せずすべて有線ヘッドフォンでモニターするため、1402はいわばモニターの心臓部でもある。また同時に足下のエフェクター、ボス ME-70を使ったコンプレッサー/コーラス/ディレイのエフェクトコンボへのループも1402あっての技。このループへはCS01とヴォコーダーの信号を送っている。ME-70はギター用のデジタルエフェクターだけあって、とにかく音を派手にドギツク豹変させることができる。
上掲画像・上手を向いた側
<上段>アップル MacBook Pro(A2485、16-inch、2021)、SSL SSL2+
A61で鳴らすオムニスフィア2がインストールされたMBPと、その音声信号を出力するオーディオインターフェイスSSL2+も、A61とひとまとめで1台のシンセと言える。このオムニスフィア2、変態的製品が多いスペクトラソニック製品の中でも群を抜いた変態度合いで、古今東西のシンセに搭載された機能がほぼ全部網羅されている。こういうソフトウェアシンセを使ってみると、現代のハードウェアシンセは、無邪気に多機能性を狙っていてはもはやソフトウェアのそれに敵わないと痛感する。オムニスフィア2の機能・出音を1台のハードウェアシンセで実現しようとしたら、デジタルのくせに筐体は巨大化し、盤面のコントローラー類のデザインが複雑になって操作性も落ちるように想像する。
そのオムニスフィア2、正直なところ本来のポテンシャルの3割くらいしか使えていないと思うのだが、それでも今回のライヴでは、ライディーンやファイアクラッカー、東風のメイン音色は根性を入れてゼロから作ってみた。そして音色切替には専用のアプリがあり、今回はiPad air 4th gen.にそのアプリomni TRをインストール。こいつはブルートゥース接続のレイテンシーは避けられないものの、それでも瞬時に音色を切り替えられるし、2本指によるタップで2音色をレイヤーすることもできる。A61の上に置き、左手で音色を切り替えに使用した。これらを使いこなせば、膨大な音色ライブラリーを最低限の機材で鳴らすことができる。まだまだ可能性だらけのカップリングである。
<下段>ノヴェーション ウルトラノヴァ
マスター阪下より拝借。基本的にはヴァーチャルアナログシンセだが、ヴォコーダー機能があり専らそのために使用した。4月のPublic Betaでは周囲の音の回り込みに苦労したので、今回はマイクからの入力受けに一工夫。シュア ベータ57の信号をいったんジョーミーク THREE Qを通してウルトラノヴァへ。THREE Q(これもマスター阪下から拝借)はハーフラックサイズのチャンネルストリップで、これ1台でマイクプリ+コンプ+EQを賄う。マイクのレベルを稼げたおかげで歌唱そのものも楽になった。逆に言えばヴォコーダーを使うならマイクプリ、コンプは必須である。
ところでこのウルトラノヴァが本番1週間前になって故障。マイク入力が死亡しメインアウトプットにはノイズが乗る始末。THREE QがあったのでウルトラノヴァへはAUX INにライン出力を流し込み、幸いノイズが乗らないヘッドフォンアウトから出力を取った。本番当日に音が出たことを褒めてあげたい。
このライヴは「78-79年当時に2023年の機材があったら、YMOの三人はあれら世紀の名曲群のライヴ演奏にどのように臨んだだろうか」という、ある意味でぶっ飛んだ疑問に真正面から仮説を提案するものである。今回のアプローチが最高最善というわけではなく、仮説に対するひとつの解であるに過ぎない。とは言えかなりイイ線行っているのではないか。実際21世紀に入ってからのYMOはその時その時の時流に乗ったPCMシンセなどを適宜混ぜつつ衒い無く使用していたし、細野晴臣に至っては生ベースの比率が急上昇してもいた。ご本尊たちは肩の力が抜けているとも言えるが、あれらの良曲を凄腕の3人が演奏すれば、曲の良さは充分伝わるということでもあろう。KENBAN JEDI'sでは本家YMOが示した回答にこだわらず、引き続き2000年代のYMOサウンドを、彼らがもっともパイオニアとしての才能を発揮した初期のライヴツアーを題材に探っていく所存である。