サイトへ戻る

観賞:江口寿史イラストーレション展 POP STEP

ギャグ漫画家としての江口寿史だけを追いかけていては出会えないエネルギー

· 音楽雑感

2024年になってからまともに音楽を作っていない。加えてちゃんと鍵盤に向き合ってもいない。恐ろしいことである。一応言い訳をすると、頭の中に曲の断片みたいなものやアイデアはふわふわとあるのだが、DAWに向かって「さぁ、さっさと実音化してしまおう!」という気持ちにならないだけなのだ。ま、こればかりは焦っても仕方がない。いや練習しろよ。

そんな折り、「江口寿史イラストーレション展 POP STEP」という展覧会を観てきた。1968年生まれで普通に茫洋とした10代を過ごしていれば、江口寿史の漫画に触れずにいることは難しい。もっとも自分にとっては「STOP!! ひばりくん」よりも「江口寿史のなんとかなるでショ!」だったり「江口寿史の爆発ディナーショー」なんかの方が印象に強くて、これらの単行本は本当に繰り返し読んで同じところで大笑いした。ああいうギャグマンがを書いてくれぬものか……と希望し続けて幾星霜、御大はすっかりイラストレーターの巨匠として定着してしまった。ギャグ漫画家江口寿史を少なからず愛好した身としては、現状は非常に歯がゆく感じられる。だが「江口寿史のイラスト」という確固とした個性溢れる作品群があり、それらがあのギャグ漫画家としての空気を僅かなりとも漂わせている以上、それらを否定も嫌悪もできず……というのが正直なところ。2021年に秋田県横手市「増田まんが美術館」での展覧会をそういうウジウジした心持ちのままスルーしてしまったことを後悔した過去もある。せっかく仙台でやるんだから行ってみよう!と思い立ったのだった。

broken image

結論から言うと、舐めていた。まず思った以上に展示作品数が多かった。しかも発表メディアごとに作品がまとめられていて、作品への微妙なアプローチの違いが鮮明にわかる構成だった。これはキュレーターの思惑とこっちの「観たい欲」が割とシンクロしていたからだろう。ほとんどがかわいい女性をモチーフにしていて、ギターやワイン、下着やジーンズなど、スポンサー付きの広告であることがはっきりわかる仕事に、その微妙な違いが顕著だった。御大のエッセイやエッセイ的なマンガを読むと、はっきり言えば作家としてはダメ人間、すちゃらか絵描きと謗られるような話ばかりなのだが、対象に向き合う力、取り分け「自分自身を楽しませよう」という通奏低音には恐れ入るしかなかった。特に印象的だったのが、ある作品群のキャプションに「絵がうまくなったと実感する瞬間がある。しかしすぐにそれは錯覚というか、もっと上手くなりたい、自分の目指す(到達できるはずの)目標値はこんなものではない、と自覚してがっかりする」というような意味のことが書いてあって驚いた。なぜ驚いたかというと、あまりに上手過ぎてもはや宇宙人と呼ばれるジャズギタリスト、パット・メセニーがほとんど同じことを言っていたからだ。やはりあるレベルを超えた作り手は、同じことを思うのだ。あのキャプションを読めただけでも今回の展覧会を観て良かったと思う。

broken image

もっとも作品に描かれる女性たちの多くが鑑賞者を「キッ」と見つめており、その眼差しと対峙し続けて疲れてしまった。今年68歳になろうというのに作品に込められたエネルギーは、その絵柄と正反対に重くズシッとすべての作品に埋め込まれている。恐れ入るしかない。音楽を聴くことも重要だが、音楽じゃない創造物に触れることも怠ってはいけない。

broken image


会場に流れるBGMは御大の選曲だったのだろうか。私も大好きな曲が不意に流れてきて耳も忙しかった。