頭に残り続けてしまう曲がある。残るというか、気がつくと口ずさんでいる。なぜ頭に残るのかその基準は自分にもわからない。だが一定期間自分の頭を占領してしまう楽曲が時々現れる。
心の師匠・北田了一さんから「鍵盤ジェダイ呑み」の席で聴かせられて以来その衝撃から逃れられず、結局買ってしまった1枚のCDがある。『里美洋と一番星』というグループの「新・盛り場ブルース」というアルバムだ。とにかく人に語りたくなる「ショッキング演歌!」のオンパレード、どの曲も頭に残って仕方ない。オリジナルかと思っていたら実はカバー作品だったりして、その方面の知識の無さを痛感したりもする。で、それとわかるとそのカバーの源流をインターネットで調べてみたりしていた。このアルバムに収録されている「噂の女」という曲が、実は『内山田洋とクールファイブ』のヒット曲だとわかったのはそういう経緯による。しかも一番星のカバーバージョンは2番の歌詞が省略されていることもわかった。双方を聴き比べてみたりしているうちに、日がな一日「うわさ〜のおんな〜」と口ずさんでいる始末。もうこれは実際に服部バージョンを録音してみるしかない。とことんつきあってすっぱり縁を切るしかない。
噂の女/内山田洋とクールファイブ/1970年
作詞:山口洋子 作曲:猪俣公章
ドラム
AddictiveDrums2の拡張音源「VintageDry」を使用。早い話が70年代ディスコサウンド的なキット。これまでこの極端にミュートの効いたこの音源を使いこなせていなかったのだが、セット全体にマルチバンドコンプレッサーをかけて中域のピークをばっさり押さえ込んでみたらこれがドンピシャ。加えてSSL卓のトータルコンプ(のプラグイン)をかけてバキバキにつぶした。ここまでやらないとダメなのか…。
ブレイクビーツ的なループ
Stylus RMXの適当なパターンをそのまま流用。一度オーディオデータとして取り込んだものをBitCrusherで軽く歪ませている。このサンプルが鳴り始めて冒頭3小節目からはEQでばっさりローをカット。ハイハットのオマケ程度に聴こえるようにしている。
ブレイク部分のループ
これもStylus RMXのパターンをそのまま流用。EQでローをカットはしたが、ほぼそのまま。
ベース
この手のやや機械的なアレンジにぴったりくるのは、いまだにRolandが90年代にリリースしたJV-880のベースプログラムだ。これにRocktronのコンプレッサーを通してかけ録り。さらにLogic側でMetricHaloチャンネルストリッププラグインで1k付近をブーストして音色的なクセを強調し、再コンプ処理をした。最後の最後までベースとバスドラムのセパレーションには苦労した。あ、これはいつもか。
スラップベース
ブレイク部分にスラップベースの返しが欲しかったので、そこだけBladeのジャズベースを実演。ベーシスト佐藤弘基によって改造されたこのベース、弦さえ新しければあと必要なのはクリーンなコンプレッサーのみ。素晴らしい楽器だ。師匠作のデジタルマイクプリアンプをD.I.代わりにライン録音。
イントロと間奏とギターソロ
まずギターを弾けなくなっていた。がっかり。ずいぶん時間をかけて指を元に戻したが、左手の指先はすっかり柔らかくなっていた。大元のディストーションサウンドはBladeのストラトモデルにBOSSのコンプレッサーとProco RAT II(どちらもコンパクトエフェクタ)。もうこの組み合わせでかれこれ40年くらい…。ライン録音を終えてトラックに混ぜてみるとハイぬけが今ひとつ。アンプシミュレータをインサートしたバスをひとつ用意して、そちらにハイを強調したやや耳障りなアンプサウンドを作る。ライン信号をバス送りしてブレンドした。ディレイはLogic純正プラグイン・ステレオディレイ。
カッティングギター
本当はカッティングギターではなくねばっこいクラビネットのフレーズを入れるつもりだった。前述のとおりギターの指馴らしをしばらく続ける羽目になり、イキオイでこのカッティングフレーズを弾いてしまったところ悪くなかった。さらばクラビ。同じくBladeストラトにBOSSのコンパクトエフェクタ(パラメトリックEQで中域をカット→コンプレッサー→コーラス)のかけ録り。これもデジタルマイクプリ経由のライン録音。
リフレイン
EDM系のざっくりしたパッドの音色が欲しかったので、初めからプラグインシンセを起用。当然8分音符のディレイをかけている。平ウタバックの同じフレーズではMiniMoog系プラグインでアナログシンセ系のころころした音色。
エレピ
YAMAHA S90XSのローズプログラムのひとつをそのまま使用。コーラスも内蔵エフェクタ。いつもライブで使っているプログラムである。
アナログパッド1
KORG POLY-61にRoland SDX-330というコーラスをかけて左右に広げ、これもかけ録り。アナログミキサーMACKIE.24/8はリワイヤリングの結果大活躍することになった。
アナログパッド2
Oberheim Matrix-1000はプリセットシンセで(editorアプリもあるのだが、なぜか我がスタジオでは機能せず)、音色が1000個収録されているからこの型番だと推測するのだが、呼び出して何もエディットせずにそのまま楽曲に使えるプログラムは稀だ。実際1000個のプログラムをすべて試聴・試奏できたわけではないが。で、本当はアナログパッドはこいつだけで演奏しようと思っていた。しかしもっともイメージに近かったプログラムはリリースタイムが必要以上に短く、登板をあきらめかけていた。仕方なく前述のPOLY-61で録音したあとに試みにMatrix-1000で重ねて弾いてみたところ、その短すぎるリリースタイムがうまくマスキングされて厚みだけがより出てきた。そこでパッドサウンドをさらに重ねることにした。録音はパッド1とは別日で、同じように弾こうにもどんな風に弾いたっけ?状態。なのでボイシングやフレーズは微妙に異なっている。ふたりのシンセサイザー奏者がいるようなイメージ。こちらもSDX-330のコーラスをかけ録り。
イントロのもわもわパッド
KORG MS-2000のプリセットプログラム。あろうことはこいつだけは内蔵ディレイもかけっぱなしで録音。デジタルシンセの独壇場は金属系倍音だけではない。
ベル系のシンセ
Roland JV-880は実は銘機なのではないか。これも本体のコーラスをかけたまま録音。
リバースサウンド
いつまでも決まらなかったのがこれ。リバースサウンドはその曲に合わせて都度サンプルする方が、結果的にイメージに沿った音が得られるしあれこれ探すよりも早い。最初は金属系サンプルをリバースしようかと思っていたが、良いものが見つからず。発想を変えてLogic純正サンプラーEXS24のファクトリープリセット・スウィープサウンドを8音の和音で弾き、強制的に小節末尾で録音を止めることでリリース部分をぶった切り、このリバース感を出している(だからリバースサウンドではなく単なるクレッシェンドなのだ)。フィルターによるスウィープだけでは開いてくる感じが物足りなかったので、Logic純正のフランジャープラグインをかけている。
コーラス
3パート、1パート内最大3声、1ラインにつき2回多重録音。収録はaudio-technica AT-4040を使用。最終的にメインボーカルの居場所を作るために特定の中域をEQでカットする前提なので4040で良いのだが、メインボーカルを録れる音質のマイクではない。全パートを一晩で録り切った。日を変えると(一晩寝てしまうと)音止めやブレスのタイミングが合わなくなってしまうと山下達郎も吉田美奈子も言っていたので、おそらくそれは真理なのだろう。
ボーカル
キャラクターを分けるためにこちらはAKG C-3000を使用。前川清でもなく絵川たかし(里美洋と一番星のボーカル)でもなく…と頭で考えると深みにハマるので、あまりくどくない演歌調というのを目指してみた。
ボーカルリバーブ
ENSONIQ DP/4のDDL(デジタルディレイ)>Plate Revプログラムを使用。とにかくまずはディレイ、そして原音とディレイにたっぷりリバーブというのが服部のデフォルトなのだが、このアレンジのきつきつ具合ではディレイはおろかリバーブの生き残る余地などほとんどなく、最終的にはブレイク部分などわずかな部分にプリディレイ121msec+3.28secのラージプレートリバーブが聴こえる程度になってしまった。マキシマイザー恐るべし。
一番苦労したのは、今振り返ると演奏ではギターだろうか。録音と並行して行っていたミックスダウンもとても苦労した。あまり後先考えずに同じような機能のパートをダビングし続けたのだから当然だ。ここまで詳細に解説してはみたが、この音源を公開する予定はない。どんな仕上がりかはみなさんのご想像におまかせする。
追記:2018/10/13
北田師匠から「公開した方がいいよ」とのお言葉をいただいたので公開してみる。ここまでのテキストをご参照いただき分析いただきたい。
まずはオリジナル→
服部の頭を占領した「里見洋と一番星」のカバーバージョン→
で、服部のバージョン。師匠曰く「もっと(歌の)うまい人にやってもらったらもっといいよね」。ですよね。ちなみに以下は当然圧縮したスカスカ音源だが、オリジナルは48kHz/24bitである。