キーボードアンプを買い増しした。Roland KC-220という同社KCシリーズの最小機種である。私は10年以上KC-300を愛用している。そんな私がなぜ買い増ししたのかという事情も含めてレビューを書いてみる。
<導入に至る事情編>
電子鍵盤楽器奏者でキーボードアンプを持ち歩く人はそう多くない。というか、自分以外に会ったことがない。ライブハウス以上の規模の会場には必ずSRシステムがあり、モニター完備の状況がデフォルトだから確かに必須とは言えない。私がキーボードアンプを使用するようになったのは、簡易なSR/PAシステムすら導入されていない小規模な飲食店で演奏する機会があったからだ。「バンド演奏を入れようとするなら、(お店が)拡声システムを当然入れておくべきじゃあないのか」とブーたれる私に、当時頻繁に演奏していたあるギタリストはこう言った。「ギタリストもベーシストも当然アンプは持ち歩く。演奏者として音が出るところまで責任持つのは当然のことなのではないか」。暗に諭したのだ。目からウロコ…とは思わなかったが、なるほどそれもそうかと渋々KC-300を買ったのだった。
おかげで演奏会場としては不適切?と思えるような会場でも確実に演奏できるようになった。それだけでなく自らの意志でモニター音量をコントロールできる快適さを知った。オペレーターさんの手を煩わせることなく自分の音をモニターできることは、演奏そのものにもとてもプラスだった。彼のギタリストには感謝している。以来私はライブハウスくらいの規模の会場には必ずKC-300を持参するようになった。爆音ギタリストのギターアンプ脇に陣取ることになっても恙なく自分の音をモニターできる。そもそもモニターシステムを手中に入れておくことは演奏者にとってとても重要なのだ。自分のアンプを買うまでそのことに気付かずにいた。
ところがこのKC-300、重い。アンプだから当然とは言え、それでなくても電子鍵盤楽器奏者は移動のたびに重量物を持参することを免れない。楽器や周辺機材だけじゃなくアンプもかよ…と毎度のライブがユウウツになる(大げさ)。ローディーがいるような人は別ですけどね。様々な会場で演奏させていただく機会があるが、小規模会場では必ずしも100w級のKC-300の必要はない。小さいアンプが欲しくなった理由のひとつはそれだ。さらにSR/PAレス会場の場合、観客に向けて音を出すハウススピーカーと、自分とバンドに対して音を出すモニタースピーカーを1台のキーボードアンプで兼ねることになる。ドラマーやベーシストに対して充分な音量を担保しつつ、演奏する自分にはちょうど良い音量となるようなセッティングの自由度が確保されているなんていう環境はまずあり得ない。そういう会場ではほぼ間違いなくリズム隊にちょうど良ければ演奏する自分には音量が大きすぎ、あるいはその逆という無間地獄が待っているのだった。
<導入編>
そこでKC-220、小さいキーボードアンプである。そもそもキーボードアンプという商品そのものが絶滅危惧種である。選択肢はあまりない。10年前と異なりキーボードアンプをリリースする海外のブランドがいくつか出現しているが、Roland以外の製品について地方都市仙台で実音を確認できることはまずない。買うとなったら通信販売で博打を打つしかない。今回博打を打たずにKC-220を選んだ理由を箇条書きにしてみよう。
・KC-220の実音は確認済みだった(音質に納得済)
・ラインアウト可(KC-300とネットワークが組める)
・どうせネットワークを組むなら同じメーカー同士の方が音質的に統一感があるだろう
・単体でステレオ拡声ができる
KC-220唯一の懸念点は電源がACアダプターということだ。現実問題としてプロ機材にACアダプター物件はあり得ない。だが上記の「買うべき複数の理由」はそれを上回って魅力的だ。ましてや実音未確認の海外ブランド製品とでは、仮にKC-220の半額だとしても食指が動かないというのが正直なところだ。
<実機レビュー>
チェックはYAMAHA S90XSをステレオ接続し、演奏者の背中から鳴らした状態で行った。演奏現場でもこういう使われ方をするだろう。
まず音質のことを書く。まったく問題ない。デジタルシンセに必要な帯域は再生できている。ハイファイというよりも欲しい周波数がちゃんと鳴っている感じ。せっかくAUX INがあるのでiPhoneで適当なAIFFを再生してもみたが、普通にリスニングにも使えるとすら思う。PCM音源系のデジタルシンセの音とCDフォーマットのデジタル音源は音質的に従姉妹みたいなものだから、ある意味で当然ではあるが。S90XSをフルボリューム(アンバランスで多分+4dB。仕様書にすら書いてない)で入力すると、入力チャンネルのボリュームを上げていくと簡単に歪む。楽器の出力と各入力の受けキャパをきちんと揃えてやればマスターで音量を稼ぐことは容易い。少なくとも小規模会場の演奏者モニター用途には必要充分以上の音質と音量だ。
リバーブとコーラスが内蔵されている。ボリュームのゼロから12時までの半分でリバーブ量を、12時からMaxまでの半分でコーラスのデプスを調整するタイプ。つまりどちらかしかかけることはできない。CH1にSHURE SM58を接続して自分の声でチェックしてみたところ、リバーブはラージルームプログラム的な音質とディケイタイムで、まぁあれば使うこともあるかもね、なもの。逆にコーラスは素晴らしい。飛び道具的なうねうねまでは持っていけないが、Max付近では実に上品にかかる。モノラル出力のリアルアナログシンセや、場合によってはギターなどを入力してコーラスかけ録りレコーディングにすら使えると思える出来。もしかするとこれはギターアンプの銘機ジャズコーラスと同じ理屈か?(2発のユニットのうち片方がダイレクト、片方がエフェクトで空間中で混ぜてコーラスサウンドを作る)CE-1やディメンジョンDの例を出すまでもなく、このコーラスサウンドはさすがローランドだ。
次に筐体について。外箱から取り出した時の第一印象では思ったほど軽くなかった。だがKC-300に比べれば天国だ。7.3kg(単三電池8本を含まず)。各端子類の組み付けもボリュームつまみの動きも申し分ない。特につまみの回し抵抗がやや強めで心地良い。これはけっこう重要。演奏中の操作は何かと荒っぽくなりがちなので、スルスル動かれると逆に困るのだ。
そのつまみ、残念ながら変化カーブは粗くリニアではない。例えば音量を調節するとしよう。ちょうど良い音量(目盛りで言う2-5時くらい)の部分が特に粗く、わずかな調整でグワッと音量が上がる。特にCH1にマイクを接続した時がもっとも顕著だ。ライン入力とマイク入力の切替スイッチもなくワンボリュームで調整するため、チャンネルボリュームのカーブはもはやON/OFFに近いものだった。ファントム電源は装備されないのでダイナミックマイクしか接続できず、前述のようなゲインコントロールしかできないので、弾き語りならともかく、ボーカリストが別にいる場合の拡声には使えないと思った方が良い。KC-300比プリアンプの音質は向上しているが、このマイクインプットは使えてもせいぜいMC程度だろう。もっともこれは「付いてて良かった」レベルの機能なので、KC-220の評価を下げるものではない。
電源をつないでみると、ACアダプターのケーブルはそれなりに長さが確保されていてこれも合格。ケーブル長はプラグからプラグまでで約2メートルと充分。ケーブルそのものもそれなりに太い。ただし本体側のレセプタクル(受け)が筐体内部でグニャグニャ動く。これは致命的によろしくない。電源に関するパーツや造りが安っぽいのは本当に困る。あるいは万一の予期しない引き抜きなどの事故に備えて必要以上にガチガチに固めていないのだろうか。いずれにしてもACアダプターを使っている時点で接触不良の地雷を電源周りにいくつも抱えることになる。電池駆動の機能を削除してもいいから、次期モデルではぜひ電源を内蔵してほしい。
文字類のプリントは精密で視認性も良い。KC-300と同じくアンプの底部にはスタンド用の穴が開いており、汎用スピーカースタンドに設置することができる。それよりも特記しておきたいのは底部に装備されている「脚=スタンド」である。単体で仰角を付けられるのだ。これはKC-300にも装備してほしい超絶便利機能。実はKCシリーズは耳の高さまで上げるよりも、足下から仰角で狙う方が良いのだ。
そもそもKCシリーズは米国ローランドのデザイン・設計で立ち上がったシリーズと聞く。ドンシャリなアメリカン音質なのはそういう出自を知れば至極納得である。さらにこれは私の想像だが、KCシリーズは楽器屋さんの床置き状態でも演奏者にそれなりに高音域が届くように設計されているのではないか。雑音まみれの楽器屋店頭で「よし!コイツを買おう!」と思わせるに足る音質…。ローランドの深慮遠謀を感じざるを得ない。だが結果的にその音質が大音量でモニターが必定となるステージでもプラスに働いているのだ。KCシリーズは本当に耳に向けて設置するとハイが耳に突き刺さって痛い。KC-220のように底部に付いた脚で少しあごを上げてやる程度がちょうど良いのだ。
<キーボードアンプの現状から伺う電子鍵盤楽器の未来>
こうしてKC-220のディテイルを検証してみると、「良音質」は当然としても「高精度の部品組付け」「堅牢性」「利便性」と全方位的に優等生であることがお分かりいただけると思う。他社がKCシリーズを超える評価を得るのは非常に難しい。現実的にはKCシリーズ以外に選択肢が無いのだ。このことは電子鍵盤楽器奏者にとって不幸なのだろうか。
冒頭の事情編で書いたように、キーボードアンプを所有する鍵盤奏者自体が少ないのだから商品が増えないのも宜なるかな。いやそれどころじゃない。「キーボード奏者」という人種もずいぶん減ってしまった。昨今の音楽で電子楽器の音が使われていないものは少ないが、それは必ずしも電子鍵盤楽器の音ではない。つまりステージで電子鍵盤楽器を弾く人口は減少しているのだ。そういう現状では魅力的な電子鍵盤楽器とその周辺機材が開発される機会も減るだろう。キーボードアンプという商品をKCシリーズが寡占する現状を見ると、キーボーディストの未来は暗いと言わざるを得ない。
<購入店と購入価格>
KC-220を私は島村楽器仙台E-Beans店で購入した。41,310円(税込)。実音もここで確認した。ここんちの電子鍵盤楽器の品揃えは東北随一ではないか。実機に触れることはとても重要なのにそれを満たしている楽器店は少ない。しかも試奏しているとイスを勧めてくれたり、こちらの希望に合わせて出音を調整してくれるなどホスピタリティも旺盛だ。質問にも的確に答えてくれる。余談だが今回の購入にあたり氏名と住所を書いたら、「以前ブログにシンセのレビューを書いてくれた服部さんですよね?」と言われびっくり仰天。
一気に5台のシンセを引き倒した島村楽器ならではの試奏記のまとめ記事(各レビューへのリンクあり)
試奏記を振り返って
店員S氏はチェックしておられた(てっきり店長かと思っていたら肩書きはギターアドバイザー。デジタル担当ですらなかったとは…!!)。客のニーズを掴む地道な努力である。こういうお店を我々買い手は大事にしなければならない。ネット最安値で買えたことを自慢している場合ではないのだ。