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機材レビュー・ENSONIQ TS-12

ランボルギーニやフェラーリのようなシンセがこの世に存在する

· 機材

近年、相次いでミュージシャン仲間からシンセサイザーをもらうという僥倖を得た。その2台のシンセサイザーの印象を書いてみたい。いずれもネオビンテージ、ちょっと古いシンセではあるが、優れたシンセサイザーとは代替不可能な音色的特徴を持っており、自身の音楽に有益ならば新旧や価格の高低に関わらず所有する価値がある。傍観者の蘊蓄ではなくバイヤーズガイドのつもりで書いてみる。

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ENSONIQ TS-12(1993)
正確にはもらったというより無償貸与なのだが、小学生の頃にシンセが欲しく欲しくて文字通り夢にまで見たシンセアディクテッドな私にとって、ENSONIQ TS-12が自宅にあるという状況は「夢のような」の実現に他ならない。1990年代前半、ENSONIQの製品はクルマで言えばランボルギーニやフェラーリと同義であり、カッコも良ければ音も良いという、ハイスペックデジタルシンセの象徴のような存在であった(壊れやすいという意味でも酷似しているしな(笑))。

私はENSONIQ EPS16+というサンプラーやSQのラック版であるSQ-R32vを所有しているので、同社の独特なシステムやインターフェイスのユーザーフレンドリーな性格をよく知っている。古今東西、独自性を保ちつつユーザーを大事にした電子楽器ブランドは珍しい。80年代にシンセの音色作りを根本から考え直すことになったYAMAHA DXシリーズショックはあったものの、その後に大流行するPCMデジタルシンセ群のエディット方法は、基本的なアナログシンセのそれがベースになっていた。TS-12を2018年の今改めて操作してみると、確かにアナログシンセのエディット方法の片鱗はあるものの、複雑怪奇であることは免れなかったようだ。熟練者でもマニュアル片手にならざる得ない部分があるにはある。初心者がゼロから音色作りをしようとすると相当難儀するとは思う。ただしENSONIQの製品を1台持っていれば、どの製品でもだいたい勘だけで操作していける程度の共通性はある。この操作上のUIの統一性は驚いたことにサンプラーでもシンセでも変わらない。これは相当大変なことで、いくらENSONIQ社が短命だったとは言え、約15年間この姿勢を貫いたことは特筆に価する。特に自社製品のデータフォーマットを徹底的に遵守し、最初の製品Mirrage(サンプラー)のサンプリングデータが同社最後の製品まで読み込みが可能だったことは特筆に価する。自らがENSONIQサンプラでサンプリングしたデータ資産は、TS-12でももちろん有効活用できる。

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実際に弾いてみるとTS-12の音はどうなのか。冒頭で音が良いと書いたが、その正体は「DAコンバータの解像度の高さ」と「上品質なアナログ回路」の合わせ技によるドンシャリ音質と言える。それは如何にもアメリカンで、録音現場でもライブ現場でもとにかくヌケが良く、耳に届いたとたん「エンソだ!」と指摘できるほどの個性がある。PCM音源とは極論すれば再生専用サンプラであるから、本来はどうしたって元のサンプルの音色的傾向から逃れられない。Hi-Fi指向のAKAIと異なりENSONIQは積極的に色を付ける方向に出た。そうやって付けた色は高解像度コンバータだけの成果ではなく、音楽的耳を持ったエンジニアがアナログ回路をチューニングしたからこその結果だと考える。翻って考えるに、国産シンセメーカーはどこかでHi-Fiであることを是としていたように思えてならない。唯一楽器メーカーであるYAMAHAは自らの見識に則った出力音のチューニング(恐らくサンプリング段階からだろう)を行っているが、AKAIはもちろん、RolandやKORGも基本的には電気技術屋であり、それゆえに「数値的に正しい音色」を目指していたように思える。そこに最初から音楽的に色付けされた音色ばかり発音する製品で現れたのがENSONIQだった。それは「やっぱ舶来ものは違うなぁ」と当時の国内ではざっくり受け入れられたが、使えば使うほど、その音楽性の高い出音にユーザは魅了されたのだった。

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もちろんそれゆえに向き/不向きはある。いわゆるコンテンポラリーミュージック「にしか」使えないシンセにはなっている。だがそれがどうした。冒頭に書いたように、真に突き抜けた個性を持っていれば、「コイツじゃなきゃ始まらないぜ」という場面が必ずあるのだ。ENSONIQのデジタルシンセは、「コイツ以外は考えられない」と思う場面が必ずある、類い稀なPCMシンセなのだ。以下ランダムに気付いた点を列挙して締めくくる。

・重い。ひとりで持てない
・エンベロープのカーブに不自然感あり
・絶対に埋もれないヌケの良い音質
・独特だがコントロールしやすいウェイテッド鍵盤
・ライブ現場で絶対有利な蛍光管によるディスプレイ
・パッチボタンという唯一無二のインターフェイス

K君、本当にありがとう。死に水を取る覚悟で使い倒します!

もう1台のシンセKORG MS2000のインプレッションはこちら