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機材レビュー・木のスピーカー

木の専門家と稀代のアンプビルダーが組んだ、贅沢なスピーカー

· 機材

日常的に音楽制作に勤しむ私は、どうしても高解像度で広帯域再生可能なスピーカーを求めてしまう。だがキリキリと耳を研ぎ澄まして出てくる音をチェックするのとは正反対の聴き方、つまり生活のBGMのようにリラックスして音楽に接したいこともある。そんな時はむしろあまり神経に障らない音を出すスピーカーの方が良い。「神経に障らない音」とはどんな音だろうか。

スマートフォンやコンピュータからワイヤレスで接続でき、「神経に障らない音」で聴ける。そういうスピーカーが欲しい欲しいと思い続けて幾星霜。ところがそういう製品がなかなか見つからない。巷にあるリスニング用Bluetooth接続のスピーカーの音質ときたら、そのほとんどが高音域と低音域を強調した音色にチューニングされている。昨今(具体的には00年代以降)のヒットチャートに上がってくるような音楽は、軒並み高音域・低音域が強調された音質でリリースされており、そういう音楽を聴いて気分を高揚させたい!…というならそれら製品でも何も問題はないのだが、前述のとおり私はリラックスして聴きたいのだ。

そんな「欲しいけど買いたいものがない」という鬱々とした状況は突然終わりを迎えた。岩手県一関市、さんもく近江銘木株式会社さんが発売した「木のスピーカー」を購入したからだ。

さんもく近江銘木株式会社さんの製品ページ
木のスピーカー

試作品の試聴に訪れた時のことを書いた当ブログのエントリー
銘木スピーカーを買う

いよいよ試作段階から製品版にグレードアップし、その初号を購入した次第。今回はそのレビューである。

厚み50mmくらいの木材の中を蛇行するような溝を掘り、スピーカーユニット後方に出るエネルギーを通すことで増幅する。バックロードホーンという構造で、見た目以上の音量で鳴る。自宅・自室レベルはもちろん、小規模な店舗でも充分すぎる音量だ。製品にはいずれいくつかバリエーションが生まれてくると思われるが、このタイプはボディ下に向かって鳴らすウーファーも内蔵している。

画像からわかるように複数の木材を合わせてボディーを作っている。私の個体は

ボディベース:かりん(プラド)
ボディ上部:かえで(メープル)
スピーカーユニット:フォステクス
LINE IN端子(ステレオミニ)
前面スピーカー/ウーファー/マスター各ボリューム

という仕様である。

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左が私が購入した個体

天板はアクリル板だが、ボディ上部と天板を栗材で作っている別の個体もあった。かえでに比べ栗は柔らかいという。製品を構成する素材のほとんどが木だからだろう、木材が変わると音のキャラクターも変わる。それは聴き比べるとすぐに理解できるほどの差異だった。私が購入したかえで+アクリル板の個体の方が音はシャキッと引き締まってそれなりに指向性が強い。逆に栗は音がボディ全体から周囲に広がっていく印象を持った。どちらが良い/悪いではなく、どちらがお好みかという程度の話だ。

小径フルレンジユニットなので、一聴すると中音域を中心としたナローな印象である。この帯域はボーカルやギターにとってものすごく大事な部分。スピーカーユニットそのもののキャラクターもあるとは思うが、ボディを構成しているかえでとかりんの硬さが効いているのだろう、共振の少ない引き締まった音に聴こえる。ウーファーもいわゆる胃袋を揺さぶられるようなローが出るわけではなく、恐らく300-500Hzくらいが中心だろう。EQの類いは付いていないのだが、前面スピーカーとウーファーそれぞれに単独のボリュームが付くので、このバランスをあれこれいじってみるだけでも印象は微妙に変わって面白い。ひとつ大事なことがある。このスピーカーはボディ全体で音を鳴らすということだ。ウーファーの音は接地した床面に跳ね返ってから拡散するし、バスレフ穴は背面に開いているから音のエネルギーは後ろにも出て行く。つまり周囲の空気も込みで音を響かせるのだ。壁際や狭い場所に置かないようご注意を。またライン入力経由の方が高音域が滲まないクリアな音質で聴くことができる。その辺はBluetoothという規格に今後がんばってもらうしかない。

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背面。ACアダプタによる電源供給とラインイン端子(ステレオミニ)

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ブラス(真鍮)の各ボリューム。
L>R ウーファー、前面、マスター

さてこのスピーカーに似合う音楽とそうでない音楽が当然ある。前述のとおり「最近の流行りモノ」の再生は得意ではない。だが90年代以前の音楽は良く似合う。業務用スタジオのレコーダーがデジタルに移行する前(80年代半ばより前)の録音ならなお良い。具体的には

・60年代までのジャズやボサノバ
・70年代のロック
・管楽器や歌が中心の音楽

要は「デジタル」や「音質に透明感を求める音源」の再生には向かず、「アナログ」で「生楽器の生演奏による音源」に向いている。だからPerfumeを聴いてもグッとこないがDeepPurpleはアゲアゲである。デジタル時代にわざわざ60-70年代の機材で演奏・録音された「Are You Gonna Go My Way/Lenny Kravitz」もめちゃくちゃ相性が良かった。デジタルレコーダーを使っているにも関わらずクレイジー・ケン・バンドの作品も相性が良かった。

このスピーカーで音楽を聴くと、「音が良い」ことの意味がだんだんわかってくる。特定の帯域が必要以上に強調されることなく、良い楽器を良いミュージシャンがきちんと演奏し、それを腕の良いエンジニアが録音したものが良く鳴るのだ。だから70年代のアニメソングなんかがきれいに鳴ったりする。とは言え中音域にフォーカスが合いすぎているのも事実で、ピアノやガットギターのように複雑な倍音構成のアコースティック楽器には少々物足りない。ああいう楽器は実は高音域も低音域もかなり含まれているのだ。

つらつらと書いてきたが、ここまでに書いてきたことを一度全部忘れて、このスピーカーで音楽を聴いていると人間の耳に優しいのは、結局人間の声と同じ帯域の音なんだなぁというあたりまえのことに気付く。人間の声に近い音を奏でるスピーカー。木をハンドメイド加工した目にも優しいスピーカー。プラスティックの小さめサイズのBluetoothスピーカーに比べれば大きく、重く、値段も安くはない。だが木とアンプの専門家が作った製品を身近に置く楽しみと考えれば、例えば新しいソファを買う楽しみとそれほど変わらないと思うのだ。オーナーの生活を少しだけ居心地よく変えてくれること、それが「木のスピーカー」の本当の機能なのかもしれない。