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【レポート#3】KENBAN JEDI's Live "Public Beta"

これほど複雑な仕込が必要なライヴが一朝一夕でできるわけがない。開催までの経緯をまとめておく

· ライヴ

レポート#3

最後に 田舎labo Presents YMひょ② SPRING MEETUP KENBAN JEDI's Live "Public Beta"+「阪下教授の電気的音楽講座」 開催に至るまでの制作的経緯を、やはり服部主観の文章で残しておこうと思う。

#1はこちら / #2はこちら

2021年5月、ジェダイメンバーの阪下はFecebookに以下のような投稿をしている。

ここ最近、音楽関連の幸せな夢を見る機会が多い。
ジェダイ呑みの面々とRhodesにレスリースピーカー繋いであーだーこーだ感想を述べたり、YMOコピーバンドを結成してインプロビバリバリのセッションをしたり…。
夢の中では相当マニアックな出来事である。
おいら大丈夫かな…。

Live Public Betaを終了した今読むと、この投稿が如何に象徴的かよくわかる。このイベントは2021年5月にはすでに動き出していたのだ。だがそれはあくまでも阪下の頭の中の話。開催までの経緯を、服部の理解で書いていくと以下のようになる。

経緯1
前述のとおり、2021年には「こうなると良いな」という絵は阪下の中に漠然とあったようだ。それが徐々に要件整理段階へと進む。実際に78-79年頃のYMOの所要機材を、デジタルで再現するなら具体的に何が必要で今足りないものは何か……。要はR&Dに丁寧に時間をかけていたのだ。2022年6月頃にはキューボックスの自作を試みて回路図作成、部品調査まで行っている(自作でも高価になるので断念)。キューボックスはヘッドフォンでクリックや自動演奏データを演奏者がモニターするために不可欠の機材。その後の調査で音楽制作に必要なあるデジタル音響機材が、演奏者モニター用の機能を搭載していることに気付く。AVBという規格に準じるその機材を使えば、各演奏者が手元のスマートフォンやタブレットを使い、ワイヤレス環境でキューボックスと同じモニターコントロールが可能になる……!また時を同じくして、モジュール式シンセサイザーをデジタルアプリケーションとして再現したVCV Rack(現在は2へ進化)というフリーウェアがあることもわかった。MacOS純正IACドライバ経由でMIDI制御もできる。つまり78年当時の「タンス+MC-8」がMacの中で成立するのだ。さらに同年9月にはポラードSYNDRUMのエミュレーションアプリを発見し試用段階に入っている(11月に正式導入)。

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SYNDRUMのエミュレートのためにだけMBPが1台稼働

経緯2
機材関連の課題はクリアできる目処がついた!しかしこんな途方もないプロジェクト、誰に声をかけるのか……。2022年11月のある日、鍵盤ジェダイ呑みメッセージグループに、阪下からZOOMミーティングの要請が入る。そのオンラインミーティングは阪下の大プレゼンだった。

  • 現代のデジタル機材で78ー79年のYMOワールドツアーの演奏を再現する
  • それは残されたライヴ音源の完全コピーではない
  • 当時のYMOの「スピリッツ」の再現だ

2023年の今の耳で当時のライヴ音源を聴けばわかるのだが、YMO本人たちですらレコード音源の再現を目指していない。それはレコーディングスタジオで緻密に積み重ねたシンセサイザーとコンピュータによる自動演奏による新しい音楽とその制作スタイルを、ライヴステージ上で再構築する試みだった。シンプルに言えば、コンピュータとミュージシャンがステージ上で同時に演奏したらどうなる?という挑戦だ。世界的に見て、この自動演奏と生演奏を融合させるライヴシステムの嚆矢はYMOであり、それは連綿と更新され続け、今ではエンターテイメント業界の常識である。だが当時は悪戦苦闘の連続だった。電圧制御下だった当時のアナログシンセサイザーは、世界各国の電源事情からライヴ会場では常に不安定で、リハーサルで煙を吐いたなんてエピソードすらある。そもそも原始的な音楽用コンピュータ(ミュージックコンポーザーなどと呼ばれた)のメモリ容量は極少で、1曲分のデータをロードするのがせいぜい。そのデータを保存しておくメディアはカセットテープで、データロードには5-6分かかる。よくもこんな機材環境をライヴステージに持ち出したものだと嘆息するしかない。いや、だからこその「挑戦」だったのだろう。なんと言っても細野・坂本・高橋の3人は当時ですらトップガンクラスのスタジオミュージシャンであり、完成したレコードと同じことを生演奏で演奏する「だけ」では、普通過ぎて興味が持てなかったのだろうと想像する。

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そういう背景を理解して初めて「ライヴ音源の完全コピーではない」が生きてくる。現代の機材で組んでも、相当複雑になるであろうシステムだから、開演中にうまく動かなくなるケースも想定できる。が、それこそが78-79年当時のYMOと同じ状況であり、ミュージシャンの演奏能力と機転で乗り越えることこそ「再現」なのだ。はっきり言って完全コピーにはほとんど興味がない。だが当時の背景に則って今再び同じ挑戦すると考えれば、これは実に「熱い」企画だ。阪下の提案を理解したジェダイ評議員たちはすぐに快諾した。もううろ覚えだが、おそらくこのオンラインミーティングで田舎laboを会場にすること、「電気的音楽講座」の開催が決まったのではないか。その後もメッセージのやり取りで徐々に詳細や周辺企画が提案されていった。

経緯3
演奏パート分けは当初敢えて曖昧にしておき、各人がすべてのパートを弾けるようにしておくこととされていた。ライヴごと、あるいは曲ごとにパート変更を行う可能性ありとしていた。問題はドラムとギター。当初ドラムはメンバーが入れ替わりで叩くことも想定していたが、基本構想がはっきりしてくるに従い「ちゃんと叩けるサポートドラマー」を加える方向にシフトし、2023年2月には阪下旧知のドラマー阿部吉智が参加を快諾してくれた。一方でギタリストだけは最後まで決まらず、結局「Public Pressure」方式(ライヴではギターソロだったが音源ではシンセソロに変更)に落ち着くことになる。

本番1ヶ月前を切った2023年3月下旬、最後の詳細検討のために盛岡でジェダイ評議会のオフラインミーティング実施。このメンバーが集まって酒を呑まないのはなんと初めてである(笑)。田舎laboの主催企画として実施すること、オリジナルグッズ、電気的音楽講座の詳細を詰めていく。VCV Rack2画面のプロジェクション、観客にFMラジオを配布し、FMトランスミッターでメンバーのキューミックスをオンエアしてモニターしてもらうアイデアの再確認。前述のとおり演奏者のキューミックスはWi-Fi経由のウェブアプリ上でコントロールする。こんなに電波が飛び交うライヴは初めてである。オーディオインターフェイス兼キューミックスマスターとなるMOTU UltraLite AVBと各人のスマートフォン・タブレットのWi-Fi接続テストもこの時実施。また曖昧だった演奏パート分けは、リスクと準備負担を考慮してこの日「坂本:服部」「細野:高橋」「矢野:北田」「松武:阪下」に固定することが確定した。

この後は再び個人準備期間となるも、要所要所でVCV Rack2のプログラムデータやMIDIデータ、実音(.mp3)が阪下から提供され、各人担当パートの演奏内容と当日の機材環境のブラッシュアップが行われる。特に後者は阪下のSRプランにも微妙に影響するので、都度共有が大事なのだ……ということに気付いたのは本番1週間くらい前だったが(笑)、とにもかくにも、職人阪下がそのスキルを全開にして飲み込んでくれた。

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そして#1#2でレポートした当日を迎えることになる。お読みいただいてわかるとおり、阪下の情熱なくしてこのライヴは成立しなかった。個人の財布でこの企画のために導入された機材も少なくない。今後、阪下の青写真ではこのPublic Betaを含めて1年間に4回公演となっている。そのためにはツアーも想定されている。演奏パートのシャッフルは必須だろうし、何よりも演奏曲目を倍増しなければならない。我々はまだ入口の扉を開けただけに過ぎないのだ。どうかみなさま、よろしくおつきあいください。ショボイものはお聴かせしません。約束します。

(了)

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「お約束しますっ!」

文中敬称略