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琥珀/服部暁典 各曲解説

収録曲を解説します

· 音楽制作

SONG01 Azure
私はクルマを運転するのが好きだ。そして自分のためのドライブミュージックが欲しかった。紺碧の空と白い雲、そして大地の緑。疾走するクルマのセンターコンソール越しの風景を、作曲の条件とした。メロディよりも先にテンポとリズムパターンを決めたほどだ。ジャズ/フュージョンと呼ばれるジャンルの音楽が成熟しきってむしろ形骸化し始めた頃のサウンドこそがこの曲の出発点である。だからベースもギターもちゃんと弾いた。シンセサウンドも90年代のPCMデジタルシンセサイザーが大活躍である。

SONG02 流滴
「焦燥感」を音にするとこうなるのではないか?同時に「澱みに浮かぶ泡沫は…」を彷彿とさせる「留まらない流れ」を想起させもする。ホワイトノイズの連打をフィルター開閉でうねらせ、ディレイをかける…。これにアナログシンセのパッドサウンドを乗せれば10分などあっという間だ(笑)。このアイデアを試行しつつ、「敢えてドラマが展開しないアレンジ」というアイデアを思いついた。唯一メロディのようなものはあるが、何かを訴えたいわけではない。音楽的要素でドラマを作らない分、演奏は思い切りエモーショナルになるよう心掛けた。シンセパッドの音色はOberheim Matrix-1000とKORG POLY-61。

SONG03 琥珀
作曲動機が内面的になってくればくるほど、自身の心象風景と対峙することになる。50年も生きてくれば良いことも悪いこともあった。しかしそれらが渾然一体となって今の自分を作っている。樹液が土中で長い年月をかけ圧縮されてできあがる琥珀に例えるのは不遜に思うが、自分の作る曲は自らの人生から削り出しているという自負はある。

SONGS04 今もあるもの
ある映像作家の作品に曲を提供することになり、早朝のロケハンに鍵盤ハーモニカ持参でつきあった。実際に撮影しながら即興で演奏し、その時の印象を元に改めて楽曲に仕上げたのが本作である。まず鍵盤ハーモニカを録音し、あとからピアノを重ねた。メトロノームなどは使用していない。DAWをMTR替わりに使うのは久しぶりだった。またデュオ形態で録音トラック数が少ないことが最初からわかっていたので、録音を96kHz/24bitで行い、マスタリング工程でダウンコンバートを行った。

SONG05 やくそく20160311
この曲はSoundCloud先行配信時のリリースノートがある。作曲の経緯についてはそちらを参照していただきたい。

アルバム収録にあたってピアノの音作りと朗読のタイミングを再考した。従ってSoundCloudバージョンとアルバムバージョンでは伝わるものが若干異なるかもしれない。改めてこの曲を書くきっかけをくださった劇団OCT/PASS主宰者、故石川裕人さん、自作詩の使用を許可してくださった武田こうじさん、深く深く考えて朗読してくださった若栁誉美さんに感謝申し上げる。またこの曲だけはどうしても生ピアノで演奏したかったため、盟友及川文和のスタジオでピアノを録音させてもらった。ありがとう。

SONGS06 Platinum Drops
水沼慎一郎高橋督と続けている勉強会。ある時「プラネタリウム上映に流す音楽」というお題を設定し、それぞれ1曲ずつ曲を持ち寄ったことがある。その時作ったのがこの曲だ。ふたりの先鋭的な思考による回答(曲)に舌を巻きつつ、あまりにも凡庸なこの曲を後悔していた時期もあった。しかしこの曲のメロディがその後の自分に与えた影響は少なくなく、冒頭に書いたような自身の成長過程の記録という意味で収録を決心した。

それにしてもこの曲は完成させるまでに紆余曲折がありすぎた。詳細は私のブログ「暁スタジオレコーディング日記/seven years」に詳しい。

SONG07 Vent et Soleil
コンテンポラリーダンスとパーカッションとウッドベースとシンセサイザー。挑戦しがいのある変則マッチのステージで、まず楽器隊の3名だけで名刺代わりに演奏するために作曲した。実際にレコーディングにあたってはドラムを加え、メロディも敢えて鍵盤ハーモニカではなく、Roland得意のエア多めのパンフルートの音色で担わせてみた。シンプルなアンサンブルをひとり多重録音で再現するのは難しい。

SONGS08 夕陽の記憶
作曲の動機として意図的な具象描写を避けるようになった結果、ピアノに向かいながらメロディを紡ぎ出すことも多くなった。それは紡ぐというよりも、削り出すという感覚がしっくりくる。いくつかの音の並びが決まるとその次の並びを考え、いくつかのフレーズが形になるまでに行きつ戻りつを何度か繰り返す。おかげで「なんとなくこのメロディになった」という稚拙なことはなくなったが、タイトルの命名には逆に苦労するようになった。このメロディで聴き手が「夕陽の記憶」を手繰り寄せる経験をしてくれれば嬉しい。

SONG09 Crepuscule
「Platinum Drops」同様、これも勉強会のお題「デートの時に彼女に聴かせる曲」に対する解答として作曲したもの。いわゆるHipHop的なサウンドと情緒過多のメロディを組み合わせた。これは昨今のチャートミュージックの常套手法となっているが、インストゥルメンタル作品ではあまり多くないように思う。こちらもSoundCloudで発表済み。

SONGS10 手をつなぐ道
2010年に急逝したドラマー一ノ瀬健治の葬式の朝に作曲した。彼の死に動揺している自分の心を落ち着かせるために。同じように思う友人もいるかもしれないと思い、YouTubeで公開した。あまりにもプライベートな動機ではあるが、客観的に見るとわたしのピアノソロ作品として初めて世に出した作品でもあり、一里塚的記録として収録した。

これまでのアルバムがそうであったように、この作品も自身の中でマイルストーンになるだろう。ご協力いただいたすべての人々に改めて感謝申し上げる。