門前喫茶Norahでのライヴが終了した。大江田真理さん(Vo.+Pf)と服部(鍵盤ハーモニカ)のデュオ。これまで接点の無いふたりにどういう演奏ができるか、なかなかにチャレンジングだった。終わってみれば聴いていただきたいお客様に、ちゃんと届く演奏になっていたようだ。お客様やスタッフからそういう声を多くいただいた。そこはひとまず安心した、と書いていいだろう。
このライヴが成立するには多くの要素が必要だった。Norah妻ことるみさんとの出会い、そのるみさんご夫婦がNorahを始められたこと。Norahが地元の人からも愛されるカフェになったこと。Norahの常連さんとして声楽家にしてピアニストの大江田真理さんと引き合わせていただいたこと。
ひとつひとつの要素の背景には膨大なドラマがあるのだが(笑)、そこはまぁ追々。今度私に会ったら質問してみてください。今回のライヴはとにかく地元定義の方々に楽しんでもらいたいという強い想いがあった。そしてそれは大筋で成功したと言っていいだろう。店内にイスを増設するほどのお客様にご参集いただけた。その多くは近所のお店の方たち(定義は霊場であると同時に門前町でもある)。もちろんわざわざ大雨の中定義までクルマを飛ばして来てくださった方もいる。悪天候だし広報期間は短かったしで、お客様数名なんてこともあり得ると覚悟していただけに、満席の店内の空気は嬉しかった。
演奏曲目
・エーデルワイス
・美女と野獣
・in a sentimental mood(服部のソロ)
・やさしい風(服部のソロ)
・Life is (not) so easy(服部のソロ)
・イパネマの娘
・星に願いを
・ふるさと
ご覧のように、服部のソロ曲を除けば誰もが知っている曲ばかり。生演奏には「この曲知ってる!」「あの曲聴きたい」と同時に「へぇこんな曲が世の中にあったのかー!」という未知の音楽との出会いも大切だと思っている。バランスが難しいだけの話で(笑)。「イパネマの娘」に喜んでくださった女性がいたということを片づけの後に聞いた。
大江田真理さんは音大で声楽とピアノを修められた方なので、まぁ、ナンと言うか、服部とは育ちが違う(笑)。そういう二人がひとつのステージに上がるので、リハーサルは面白かった。同じ鍵盤楽器奏者と言っても普段の言語が違う。曲の進行を確認することひとつ取っても、「じゃあテーマの最後まで行ったらアドリブワンコーラスでBメロ戻りで」というのはコンテンポラリー音楽のリハーサルでは死ぬほど良く聞くフレーズだが、真理さんには通じない。いや、通じるのだがきちんと譜面上で○小節目に行ったら○小節目に進む…的な確認を取ることになる。また曲中、普段弾き語りをメインに演奏している真理さんは曲想に合わせて絶妙にタイム感を変えてくる。それは単純なアッチェレランドやリタルタンドではなく、メロディの抑揚に合わせて呼吸するようにテンポが変わるのだ。基本的に一定のテンポをキープすることが美徳である音楽ばかり演奏している身には、頭ではわかっていても実際に演奏する時に「おっと、おっと」となる場面がある。と言うか、もっと人の音を聴けという話なのだ、すみません。
とは言うものの、ライヴが終わり片づけも一段落して真理さんとあれこれ話していたら、意外な共通点があった。実は真理さん、私と同じように「音楽家としてのアイデンティティやモチベーションをどうやって保つのか」に苦しんでこられたという。真理さんは定義山のお寺のご住職夫人という別の顔をお持ちで、ご結婚の前は年間に30ステージもホールでの演奏会をこなしていたバリバリ現役の演奏家だった。今のそういう立場になってみれば、その危機感も当然であろう。
演奏家としての矜恃を保ちたいミュージシャンがふたり、魅力的なカフェをさらに高めたいと考えるカフェオーナー夫妻、コミュニティの中の新しい胎動に温かい眼差しを送る地域の人々。これらが偶然結びついてこの日のライヴになった。これはなかなかに貴重な体験である。オーナー夫妻が口々に「○○さんも来てくれた、▼▼さんなんかうっとり聴いてくれてた」と我々に話してくれるのが新鮮だった。そもそも我々には聴いて欲しい人たちがいた。そしてその人たちにちゃんと届いたのだ。何かが動き出す瞬間に立ち会っているという実感があった。ご来場いただいたお客様に感謝します。そしてNorahご夫妻とスタッフのYさんにも感謝。真理さんありがとうございました。またよろしくお願いいたします。
そう、次回も決まっているのである。9月30日(土)。この日はもうひとりメンバーを加えてトリオでお送りする予定だ。Norahのおいしいコーヒーを呑みながら我々の演奏を楽しんでいただきたい。