常日頃から私はこう言っている。「プリンスについてなら6時間くらいしゃべれる」と。もちろん6時間も私の口からプリンスの話を聴いてくれる人などいない。いや、いなかった。あの夜までは。
プリンスとは言うまでもなく「あの」プリンスである。ミュージシャンズミュージシャン、真の意味でのアーティスト、80年代のミュージックアイコン、18歳でワーナーブラザーズレコーズからセルフプロデュース権を勝ち取った人、名前を記号に変えたり元に戻したりした人、1年に1枚アルバムをリリースしても100年くらいかかるくらいの未発表曲を秘蔵してる人、歌って踊る人、様々な楽器の演奏者としてプロから尊敬を集める人、レコーディング技術すら身に付けていた人…。
そのプリンスは2016年4月に突然亡くなった。自ら所有するレコーディングスタジオで、数日寝ないでレコーディングしている最中の訃報だった。彼は大御所面で引退をするでもなく、過去のヒット曲をレコードどおりの演奏で再生産するツアーでお茶を濁すこともなかった。現在進行形、まだまだ何か新しいことをやってくれる姿勢のまま前のめりにこの世を去った。私にとってはその事実は(彼の死に際しての)唯一の救いでもある。
私は90年頃にプリンスに傾倒し始めて以来、プリンスを神と崇めてきた。だがそれは一般的に言われるファンの行動とは少し異なり、同時代を生きる音楽家として常に背中を追う関係だった。自分も音楽を作っている以上、いつか自作がプリンスの耳に入らないとも限らない。その時に恥ずかしい思いはしたくない、という一点で努力してきた。同時にプリンスの作品はどれもこれも教科書だった。なぜ気持ちよいのか、なぜカッコいいのか。そしてどこかに盲点はないのか、粗はないか。それらをしゃぶり尽くして初めて1曲の音楽として楽しめる…という、ある意味面倒くさい接し方をしてきたし、これは今後も変わらないだろう。
さてそんなプリンスには熱心なファンが世界中に大勢いる。もちろん日本にもいる。むしろ日本のファンたちは世界規模で見てもかなり熱心だと思う。各地でイベントを興し、パソコン通信時代からオンライン交流も盛んだった。前述のとおり私は人様とは違った視点でプリンスの音楽に接していたので、一時期は「オレよりプリンスサウンドに詳しいヤツがいたら一歩前へ出てみやがれ」などと不遜にも思っていた。しかしそんな天狗の鼻はすぐにバキバキに折られることになった。プリンスに注ぐ愛も、知識も経験も、私など足元にも及ばないトップガン級のファン(それを彼等はファムと呼んで区別している)が大勢日本にはいたのである。その方々と細々ながら交流し、目からウロコなエピソードや視点をたくさんいただいた。当方としても、演奏者やレコーディング技術面から読み解けるプリンス像という視点を提供できたという意味で、僅かながらでもお役にも立ってきたと思いたい。
そんなオンライン上の交流がきっかけで、さるトークイベントの出演者としてのお誘いをいただいた。会場は東京・下北沢の書店「本屋B&B」。断るわけがない。ファンとしては薄口の自分がファムに何を話せば良いのやら…と腰が引けないわけではなかったが、とにかく貴重な機会であることには変わりない。即座に引き受けることにした。
このイベントの発端となったのは二重作拓也さんの著書である。医者にして格闘家。筋金入りのプリンスファム。経緯は省略するが、プリンスのバックバンドNew Power Generationメンバーやツアースタッフと懇意にしており、ファミリー来日時にはツアードクターとして帯同するまでの信頼を得ている。プリンスの死に接し居ても立ってもいられず、「プリンスの言葉」という本を著した。これが売れ行き好評だという。プリンスの作品(歌詞)やインタビューで発せられた言葉と、実際のプリンスの行動やエピソードを絡め、今一度プリンスというアーティストの存在価値を確認し、知らしめる書物である。もちろん一般に知られていないエピソードも満載だし、何よりもNPGメンバーへの超貴重なインタビューも掲載されている。みんな買うべし、である。彼のことをTakkiさんと呼ぶ。
もうひとりトーク出演者にラジカル鈴木さん。その「プリンスの言葉」の表紙を書いているイラストレーター。独特すぎる作風は天性のものとしても、作品制作や発表にあたっての様々な挑戦や、自らに課す作品作りの掟などはプリンスに範をおくものだという。自分に正直に、やりたいことを全力で、しかし責任を持ってやりとげる!このマインドこそプリンスから学んだものだという。これらの考え方は、ジャンルこそ違えど音楽を作る上で一言一句同じく服部が自らに課している考え方でもある。ミュージックマガジンの表紙をはじめ、商業誌でも政府広告でも活躍する第一線のイラストレーターさんなのだ。
さらに、おじさん3名という「絵面」を気にしたTakkiさんがベリーキュートな女性を司会に連れてきた。ダンサーのちえみさん。20代後半の彼女こそ、新世代のプリンスファンである。
Takkiさんの著作の売れ行き好調記念!というイベントだからこそ「本屋B&B」さんが会場なのだった。そういう三人なので、服部は「ミュージシャン・レコーディング技術面から見るプリンス」を担当。Takkiさんはツアードクターとして、ツアーメンバーと近しい友人として見えるプリンス、ラジカル鈴木さんはジャンルの異なるクリエーターとして語るプリンスと、それぞれの立ち位置も明確にしておいた。
実は話が決まって以来、折々に打合せメッセージのやりとりを続けてきたのだが、この段階から早くも楽しくて(笑)。とにかく「好きすぎる」「ファン歴長い」3名だから、視点も話題もあっちこっちに飛ぶ(笑)。なかなかまとまらない。でもトークが充実したものになるだろうことは、このメッセージのやり取りの段階で確信できた。
当日会場の「本屋B&B」に到着すると、まずその佇まいと居心地が良いのに嬉しくなる。キュレーションの行き届いた新刊図書本屋。しかもビールが呑める!(B&BとはBooks and Beerの略なのだ!)街中から本屋が消えていく仙台ではちょっと考えられない空間だ。必然的に隠れ家っぽいムードで。その店内をぐるり見渡して、前売完売の50名が本当にここに入り切れるの??と心配になるが、B&Bの中川さんは「テーブルスペースにスツールをぎちぎちに並べると、なんとか50名大丈夫」という。結果的にそれは本当にそのとおりで、当夜の司会を務めてくれるパープルベレーちえみさんを含めた我々4名は、この中川さんのホスピタリティに大いに助けられた。
さて肝心のトークだが。これはもう楽しかったとしか言いようがない。前述のとおり語り手の3名は立場をはっきりと色分けしたので、しゃべる時はしゃべるし、聴く時は聴くことも徹底できていたように思う。また会場に集まったファムのみなさんは、これはもう筋金入りの「どマニア」だから、注釈なし、説明なしでも問題なく付いてきてくれる(もちろんだからと言って内輪ネタに走ることは厳に戒めていたけど)。一番重要なことは、語り手と聴衆という一方通行の関係ではなく、54名それぞれが持つ視点を共有するための場にしよう!という意識が働いていたことだと思う。充分ではなかったが後半には質疑応答的な時間も設けることができ、語り手たる我々もオーディエンスが提供してくれる視点を楽しむことができた。
この「何を言ってもわかってくれる。何を聴いても応えてくれる」が保障された空間の居心地の良さと言ったら!会場全体を覆うこの居心地の良さを「幸せ」と言わずして何と言おう。つい「もう、なに?この多幸感(笑)」とつぶやいてしまった。「多幸感」はこの夜のひとつのキーワードになった感がある。私はついに、「プリンスの話を6時間聴いてくれる人(たち)」と巡り合えたのである。
個人的には某大木さん、そして某Isakanaさんとお会いできたことが最大のトピック。ニフティサーブ時代からの友人のふたりとは、2002年のOne Nite Alone...Tour仙台公演以来の再会である。感無量だ。そしてFacebookのファムグループでいつも意見交換している方々と、オフラインでお会いできたのもとても嬉しかった。みなさん、いつ語り手にまわっても大丈夫なくらいの論客で、そういう方々相手に語っていたことに気付いて汗顔の至り…でもあったが、まぁいいか(笑)!
打ち上げでもそのイキオイは止まらず。ここには書けないようなエピソード連発で(それは本編でもそうだったけど)、もう今すぐ続編やれますよ!というくらい濃度の高い打ち上げであった。最後はTakkiさんにホテルまでクルマで送ってもらい、車中でもさらに濃厚トークを繰り広げた。あーもー、みんな最高だよ!!
ということで、2017年真夏のプリンスまつりは幕を閉じた。プリンスが亡くなったことで、特にライヴで接することができなくなくなったことへの喪失感は大きい。ファムもマニアもビギナーもプリンスについて語れる場を渇望しているというのに。様々に形を変えても、こういう集まりは必要とされるように思う。服部の視点が必要な時は、いつでも馳せ参じるつもりである。
Takkiさん、ラジカル鈴木さん、ちえみさん、会場に集まってくれたファムのみなさん、本当にありがとうございました。私こそ多くのものをいただきました。そして本屋B&B様、お世話になりました。またお会いしましょう。
New Power Talk…Live!
20:00-22:00
at 本屋B&B
東京都世田谷区北沢2-12-4
第2マツヤビル 2F
1500円
掲載している画像は大木さん、ファムのみなさま、Takkiさんより引用させていただきました。ありがとうございます。