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鍵盤ジェダイ呑み3rd開催さる!

鍵盤奏者にして作家という4名が集結して呑む!食べる!しゃべる!!

· 音楽雑感,機材

鍵盤ジェダイ呑みとは?

鍵盤ジェダイ呑みの第3回目が実施された。2018年5月22日のことである。参加者は北田了一、阪下肇之、GON高橋、そして服部の4名。場所は盛岡市内の阪下さんのスタジオである。

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2017年3月の2回目の時の集合写真。

今回は撮る暇もなかった(笑)

そもそも鍵盤ジェダイ呑みとは、SNSでのつながりしかなかった阪下さんと服部のやり取りを見ていた北田さんが「Youたち、もう会っちゃいなよ!」と画策してくださった呑み会だった。続く第2回では服部が強引にGONさんを誘い入れ、飯島真理初期3部作の再評価を行った。わざわざレコード盤で大音量で聴き比べ、当時のスタジオレコーディング事情の裏側にまで切り込んだ。それぞれが知見を持つ一国一城の主である。このメンツでしゃべり倒せば面白いに決まっているのだ。メンバー全員が作家であり腕利きの鍵盤楽器奏者であることから、「鍵盤ジェダイ呑み」と服部が命名した。

そんな不定期に実施されてきたジェダイ呑みの第3回目のテーマは「モニタースピーカー聴き比べ」。スピーカーなんてどれも同じでしょ?という方のために(長文になるが)聴き比べの意義を述べてみたい。当代の鍵盤楽器奏者は電子楽器の演奏を避けることはできない。ライブステージで自分の音を聴く道具がモニタースピーカーである。また特に阪下さんと服部はレコーディングも主要業務であり、GONさんも電子音楽の制作は生業でもある。レコーディングにせよ打ち込み音楽制作にせよ、解像度の高いスピーカーで作業の全貌を掴むことは、より良い楽曲制作の要である。つまり鍵盤ジェダイ呑みメンバー全員がモニタースピーカーは仕事の生命線なのだ。しかし世の中にスピーカーは星の数ほども存在し、どのメーカー、ブランドも「ウチのがいちばん!」とか「究極のモニター誕生!」だと謳いあっている。まさに百花繚乱、魑魅魍魎、カオスな世界である(電気音響機器は全体的にそうだ)。別の言い方をすると、人類史上いまだかつて「究極絶対のスピーカー」は存在したことがない。増してやそのスピーカーをドライブするアンプのキャラクターによってもスピーカーの鳴りは変わる。だからスピーカーを仕事の要とする人々は永遠にスピーカーやアンプに投資し続けているかと言えば、実はそうではない。正解が無い以上「自分の仕事ぶりや好みに合致するスピーカー」をどこかのタイミングで決めるからだ。そうでもしないとやってられんわ!誰もが自らの耳と経験を頼りにスピーカー(とアンプ)をチョイスしている。だからこそ様々なスピーカーの音、キャラクターを知っているべきなのだ。自ら頼りにするスピーカーを決められたとしても、それはひとつの解釈に過ぎない。リファレンス機種を定め、オルタナティブをいくつか切り替えて作業を進めることは、レコーディング現場では当然の作法だし、演奏の現場ではモニタースピーカーの鳴り方のクセを把握して音色をエディットしたり演奏を修正したりするのも、もはや「演奏行為の一部」ですらある。

この日の趣向

会場となった阪下さんのスタジオには当然いくつかのスピーカーとアンプが用意されているのだが、GONさん、服部も愛用のシステムを持ち込んだ。以下当日聴き比べたセット。

TASCAM VL-S3

TEAC S-300

SONY SMS 3

CELESTION3+Carver PM120

YAMAHA NS-10M+Stewart Electronics PA-50B

※この他に阪下スタジオ備え付けのJBLとかあるんだけど省略

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一番手前にTASCAM VL-S3

手前2段目左からSONY SMS3とその上にTEAC S-300、セレッション3、YAMAHA NS-10M

その奥にスタジオ備え付けのラージとか

何枚も持ち込んだ試聴用音源を取っ換え引っ換え、これらスピーカーで聴き比べるわけだ。一言で言うと、目から耳からウロコが何枚もはがれ落ちるような体験だった。以下にその体験を書いてみる。あくまでこの夜私が得られたことを服部主観で書いていくのだが、当然長文になった。目次代わりに箇条書きにしてみる。

①YAMAHA NS-10Mは諸刃の剣

②アーティスト所属メーカーのスピーカーで聴くべし

③セレッションは素晴らしい

④オルタナティブとしてのスモール/マイクロモニターを所有すべき

⑤圧縮音源・ワイヤレスの劣化を知る

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①YAMAHA NS-10Mは諸刃の剣

阪下さん所有のSONY SMS3は、長く業界に君臨したデファクトスタンダードNS-10M(テンモニ)に対抗すべくリリースした渾身の作だという。だがSONYの思惑とは異なり蓋を開けてみればまったく売れなかったらしい。そういう史実はともかく、実際テンモニと聴き比べてどうなのか?というエンジニアとして根源的な問いを阪下さんは解決したかったという。そんな話を聞けば我々も盛り上がらざるを得ない。さっそく私が持ち込んだテンモニと聴き比べを行った。

アナライザーなどは使っていないのであくまで印象論だが、SMS3は500Hz付近が豊かで体躯に見合った音がする。おそらくテンモニの「もうちょっとこうだといいのになぁ」を丁寧に潰していったのだろう。「こうあってほしいテンモニの音・その1」という感じだ。同じ音源をテンモニで聴き直してみると、各楽器の分離はSMS3よりはっきりするが、全体的に迫力はガクッと落ちる。分離がわかりやすく、帯域がフラットで定位を含めバランスを考えやすいのがテンモニの美点である。が、同時にだからこそ「音楽を聴いてもちっとも楽しくない」という究極のパラドックスを抱えているとも言える。重箱の隅を電子顕微鏡で覗くがごとくの音楽制作には最適だが、単に音楽を楽しむ目的に使ってはいけないという、テンモニは恐ろしいスピーカーなのである。

この夜私が持ち込んだテンモニは内部配線材をPCOCCケーブルに交換した上に、スピーカーケーブルもPCOCCで繋いでいるため、ツルシのテンモニと比べれば今風にハイが伸びている。その代わり800Hz以下が大人しく聴こえてしまうのだが、それを踏まえていてもSMS3のローのみっちり感はSONYの気合いのようなものを感じる。SMS3をドライブしているアンプを確認しそびれたが、なるほど、テンモニのオルタナティブとしてはかくあるべしという音だった。

だがテンモニ同様、これ1台で全部の作業を賄えるかというと、私は自信がない。相当の慣れが必要だと思う。その意味では正しくテンモニの仲間でありオルタナティブなのだ(笑)。

②アーティスト所属メーカーのスピーカーで聴くべし

先日服部が購入した松田聖子1984年のベストアルバムのミックスが凄かった。何が凄いって、松田聖子の声の帯域しか聴こえないのだ!まぁそれは大げさだが、アイドル楽曲のミックスはとにかく主人公の声が聴こえることが大大大前提。その意味ではこのミックスは正しい。だが上記のテンモニで聴くと見事に松田聖子の声しか聴こえないのだ。ハイもローも最低限しかいない松田聖子スペシャルミックス恐るべし。暁スタジオのこのテンモニで聴いた時、服部はとても驚いた。

その話をこの夜してみた。すると「もしかしたらSMS3で聴いたらちょうど良いんじゃない?」なるほど、だって松田聖子はCBSソニーのドル箱アイドルだったわけで。ソニーのスタジオでレコーディングされた楽曲がSMSでモニターされていた可能性はめっちゃ高い。どれ聴いてみようぜ!ということでSMS3で「瞳はダイヤモンド」を聴いてみた。「ええぇーーっ??」である。本当に驚いた。ミュージシャンの一挙手一投足、楽曲アレンジの細かいところまで、ジグソーパズルがぴたりとはまっているかのごとく、上から下まですっきり聴こえるではないか。驚きつつ改めてテンモニでも聴いてみる。あまりのスカスカ具合にずっこけ。レコーディング時の事実はともかく、松田聖子はソニーのスピーカーで聴くべきだ。

この話はむしろここからが重要だ。ということは、ヤマハのアーティストはヤマハのスピーカーで聴くべきなのか??当然生まれる疑問である。たまたまそこにあったのが八神純子の「パープルタウン」だった。言うまでもなく八神純子はヤマハ主催のコンテスト「ポプコン」出身の大スターである。同様にSMS3とテンモニで聴き比べてみると、テンモニの方がバランス良く聴こえることはもちろんだが、鳴っている楽器がヤマハ製だということまでちゃんとわかるのだ。「ホントかよ??」と思う方もいるだろう。ホントだ。特にキックドラムの音で顕著だった。テンモニで聴くと「パープルタウン」のドラムはYDシリーズなのだ(笑)。別の意味で松田聖子諸作品のギターはどちらのスピーカーで聴いても紛れもなく松原正樹だったが(笑)。

③セレッションは素晴らしい

SMS3ではローが鳴りすぎ、テンモニでは聴いててツマラナイ。個々人の好みはあれど、冒頭に書いたとおり「絶対」のスピーカーは存在しない。この世は闇か。しかしそうとも言い切れない。①②の過程でGONさん持ち込みのセレッション3+カーバーのアンプという組み合わせも当然試してみた。

これがめっちゃいい。SMS3とテンモニのちょうど中間のキャラクターで、モニターにもリスニングにもドンピシャに聴こえる。私が絶賛するとGONさんはオーナーならではの悩みを聞かせてくれた。音楽制作の現場では、セレッションで聴く音は完成形っぽいので、ついじゃあもっとローを…とかハイを…と「やりすぎて」しまう、と。なるほどそれは卓前に座る人間としては容易に想像できる。これも慣れの問題かもしれないが、常に「オレ、やり過ぎてね?」と意識し続けなければならないのは、ある意味ではストレスかもしれない。

セレッション3の音を聴くことでテンモニに足りないものが私は良くわかった。我々が音楽を楽しもうとする時、ミッドレンジが豊かであってほしいのだ。一般的にクラシック音楽の対極にある軽音楽と呼ばれる全ての音楽は、ベース(の音域)がとてもとても重要だ。そこら辺を骨の髄まで理解したうえで、テンモニでミックスしてやたら中域が盛り上がっている音源を時折耳にする。そうなのだ。テンモニは出音がフラットであるが故に、ベースの音域が痩せて聴こえてしまうのだ。テンモニでのミックス作業はその「ベース、これでいいかなぁ」という不安との戦いでもある(笑)。完璧ではないが、セレッションでの作業にその不安は無さそうだ。ただし「やり過ぎ注意」は結局どちらのスピーカーでも同じなのだが。

④オルタナティブとしてのスモール/マイクロモニターを所有すべき

ほんの数時間でこれらのことが次々と明らかになり、酒もメシも進む進む。楽しいなぁ、もう。あれ?あの小さいの聴いてみようよ!!ということで改めて鳴らしてみたTEAC S-300がとても興味深かった。コアキシャル(同軸)一発の小さなスピーカーだが量感はたっぷり。ただしこれまでに聴いてきたSMS3やセレッション3に比べると明らかにハイもローも少ない。ただ解像度は高いので、音楽の全貌は充分掴める。だから自分がこれと決めたメインスピーカーと時々鳴らし比べをすると、自分のミックスのやり過ぎや不足に気がつくことができるだろう。リスニングに使えるかどうかは聴く音楽によるが、解像度が高いので小編成のアコースティック楽器を中心とした音源には最高だと思う。ボサノバとか。疲れない音。

もっと小さなスピーカーもあった。TASCAM VL-S3。公式サイトを見るとわかるが、「ワンランク上のPC用デスクトップモニタースピーカー」として企画された製品だろう。要はPC本体の内蔵スピーカーよりはマシですよ、という製品なのだが、実際に音を聴いてみるとこれが侮れない音だった。筐体もユニットも小さい上にパワード(アンプ内蔵)なので、音量そのものは高が知れている。しかしそれゆえ出音はコンパクトにまとまっており、良くできたラジカセのような音だ。もちろん解像度や艶という意味ではこれまで試してきたスピーカーよりは格下である。それなのに音楽全体をスパッと捉えることができる。それは音量だったり音の拡散の仕方のせいだと思われるが、S-300同様に作業中にメインスピーカーから時々切り替えて全体像を把握するためにはぴったりだ。それに昨今、ちゃんと鳴るラジカセは絶滅した。無い物ねだりよりも代替品で現世での利益を追求するのがプロである。

このふたつの小さなスピーカーは阪下さんの所有で、爆音ミックス派の阪下さんですら、最近はVL-S3でミックス作業を進めることがあるという。「絶対」なスピーカーが現存しない以上、自分と相性の良い頼りになるスピーカーをいくつ知っているか(所有しているか)は、エンジニアやミュージシャンにとって命綱の所有数と同じ意味を持っている。

⑤圧縮音源・ワイヤレスの劣化を知る

これだけ繊細な機種を聴き比べていると、どうしても耳が過敏に研ぎ澄まされる。この夜試聴に用いた音源はすべてCD(16bit/44.1kHz)だったのだが、②で触れた音源「瞳はダイヤモンド」と「パープルタウン」はどちらもiTunesStoreからダウンロード購入したAAC音源であり、私が所有するiPod Touch(3rd Gen.)からBlueTooth経由で再生した。これらAACは明らかにCDよりも解像度も高音域も鈍っていた。AAC音源の不備かBlueTooth規格の不備かはこの夜追求しなかったが、本当にがっかりだ。ま、これほど劣化するということがわかったことは収穫だったが。

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モニタースピーカーとか素晴らしい音質とかまったく関係なく、

この夜一番衝撃的だった音源 from 北田さん。

結局買ってしまいました。

まとめ

ひとくちにモニタースピーカーと呼んではいるが、その世界がこれほど広大に広がっていると再認識できたことは本当に収穫だった。特に松田聖子・八神純子/SONY・YAMAHAの聴き比べは世界が変わるほどの驚きだった。ミックスに使われたモニターでリスニングすると、エンジニアの意図がよりはっきりと伝わってくる。プロフェッショナルなエンジニアの仕事であっても、あるいはだからこそ、「きっとこのスピーカーでモニターしていたんだろうな」と直感するのである。そしてその直感を助けるだけの解像度・再現力を持ったスピーカーだけを身の回りに置いておきたいと強く思った。

再認識と言えば、作業に向く音とリスニングで気持ち良い音がはっきり異なっていることを耳で確認できたこともやはり大きい。どちらも追い求めているのは「音楽として気持ちよく聴こえるかどうか」という1点なのだが、表と裏ほども異なっている。この夜聴き比べたスピーカーはどれも実力充分で、かつ独自のキャラクターを備えたものばかりだったが、リスニングに向くのはセレッション3とVL-S3くらいだろう。あとは「ミックスのための鋭利な道具」という感がある。

同時にそんな差異やキャラクターなどを超越したミックスがこの世に存在することもまた事実。例えばPA/SRエンジニアさんご用達の「ハイパー高音質作品」というのがある。はっきり言えば「ナイトフライ/ドナルドフェイゲン」なんかがそうだが、こういうアルバムはミックスとマスタリングが凄すぎて、むしろ個々のスピーカーの得手不得手がはっきりわかってしまう。まぁだからこそシステムチューニングに使われるわけだが、いったいどうやったらあんなミックスができるのだろうか(ミックスだけのせいじゃないけど。例えばアレンジや演奏も大元のところでは"聴き心地"に多いに関係している)。

と、こういうことをひたすら話し続けて、呑み続けて、食べ続けた約6時間(笑)。第2回目の反省点がふたつあった。反省点1:あっという間に時間が経つから早い時間から始めよう。反省点2:食べ物が足りなくなるから差し入れとかたくさん持ち込もう。プロは同じ間違いを犯さないのだ。だから17時から始めた(笑)。まだ陽も高いうちからカンパーイである。そして食べ物!!阪下さんのご母堂が手作りのウマイモノをたくさん差し入れてくださった上に、オードブルは出てくるは差し入れの品は出てくるはでテーブルに並べ切れなかった。ええ、食べ切れませんでした。

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メンバー各位、本当にありがとうございました。特に阪下さん、スタジオをご提供いただき大感謝です。次回のジェダイ呑みがいつ開催されるか誰も知らないが、その時はさらに豪華にディープになっているだろう。お疲れさまでした。