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「プリンス ビューティフルストレンジ」レビュー

2021年に配信公開されていたプリンスのドキュメンタリー映像がとうとう公開される。しかもシアターで。

· 音楽雑感
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2021年に「ミスター・ネルソン・オン・ザ・ノース・サイド」のタイトルでチケット制ネット配信されたドキュメンタリー映像が、アルバム「パープルレイン」発売40周年に合わせて「プリンス ビューティフル・ストレンジ」の名で2024年6月に公開されることになった。……のはすでにマニアやファムの間で話題になっているのだが、如何なる巡り合わせか「レビューを書け、さすれば広報に活用してやる」という僥倖が私のところに来た。私は30年以上の経歴を持つプリンスマニアであり彼の録音術の研究家を自負する者だが、プリンスを知らない人に作品や人物の魅力を語ることの難しさも骨身に染みて知っている。好き過ぎてうまく言語化できないのだ。だが本作を観ることで、自分があまり重要視してこなかったプリンスのある側面が、実は表現活動に大きな影響を与えていたのかもしれないという新たな視点を得ることができた。実はマニアこそ観るべき作品なのかもしれない。そんな感想を持ちつつ、以下にそのレビューを掲載してみる。

プリンスマニアにとって、彼の巨大な表現者としての凄さ、偉大さ、かわいらしさを言語化することは意外にも難しい。それは恐らく好き過ぎて「自分の好きなプリンス像」に近づき過ぎてしまったからだ。自分の中にだけ存在するその像は、プリンスのある側面を的確に表してはいるけれど、全体像では決してないし、今まさにプリンスという存在に気付いた若者や、いずれちゃんと聴かないといけないと思っていた、なんて筋金入りの音楽ファンにはうまく届かない。

本作「プリンス ビューティフル・ストレンジ(原題:ミスター・ネルソン・オン・ザ・ノース・サイド)」は、2021年にチケット制ネット配信で公開はされていたものの、長らく日本語化が待たれていた作品だ。またプリンスエステート(彼の遺産の公式管理団体)の許諾が得られず、作中で本人の音源が聴けるのはごく僅かである。隠れた名演の発掘ではなく、トップミュージシャンからジャーナリスト、ファンまで、様々な立場でプリンスと交流のあった膨大な関係者の生の声をモザイクのように集め並べた真性のドキュメンタリーである。「プリンスとは実はこういう人でした」「プリンスの多面性は容易には解き明かせない」など、中立を装いつつも実は制作側・作家側の思考誘導に満ちた表現ツールになっていないところに制作者の矜恃が感じられるし、そこに大きな価値がある。プリンスは音楽に生きた人だったから、残された膨大な作品を丁寧に聴けば、表現者としてのとてつもない巨大さ、深さ、広さにイヤでも気が付くだろう。だがほぼ西暦のディケイドごとに革新をもたらしたその音楽が、人間プリンスというフィルターをどのように経ての結果なのかということは、本人が語ってこなかった以上周囲の人々に訊くしかない。本作はプリンスの人生に関する膨大な証言集とも言える。

プリンスの音楽に触れて間も無い人には、様々な視点を行き来するこの映像に散漫な印象を受けるかもしれない。またマニアにとっては既知の事実が表現を変えて語られているようにしか見えないかもしれない。だがこの視点を固定していない言葉の数々こそが、作品理解や創作背景に思いを馳せるためのちょうど良い補助線になる。語られる言葉すべてを暗記する必要はない。「自分の知らないプリンスを語る言葉」に注意を傾けるだけで良い。改めてプリンスという音楽バカを理解する手助けが、あるいは彼と彼の音楽を平易な言葉で伝えるためのヒントが得られるはずだ。そしてその時、あなたの中の「プリンス像」が少し変わるかもしれない。

やっぱり難しかった。しかし死後すでに8年、「生きているプリンス」を見たことがないという音楽好きもそろそろいるだろう。プリンスの重要なアルバムはパープルレインだけではないが、40周年というお祭りを知り、久しぶりにあの熱狂を思い出す人もやはりいるだろう。いずれにしても一過性の話題に終わるのではなく、プリンスという底なし沼にハマるきっかけとして対峙してほしい。お話しをつないでくださったT様、貴重な機会をありがとうございました。