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機材レビュー・XLN Audio Addictive Keys

見事にキャラクター付けされたプラグインピアノ音源

· 機材

XLN Audio社のドラム音源Addictive Drumsを常用している。導入の最大の理由は、スタジオでの生ドラム録音ノウハウがそのまま転用できるからだった。特にラージコンソールのチャンネルストリップをそのまま転写したような、各太鼓の音作りパラメーターは、私には直感的でわかりやすいのだ。

Addictive Keys導入の理由もまた、まさにそこだった。ADとほぼ同じパラメータ構成で、マイクの置き位置、どんなマイクをセットするか、オンマイクとオフマイクそれぞれの音量をブレンドしていくことで大まかな全体像が決まっていく。私はトリオパックとしてスタジオグランドピアノ/アップライトピアノ/フェンダーローズを購入してみた。3種の音色に通底するキャラクターは、あくまで「マイクで集音した音をコンソールの前で聴く」というイメージであり、プレイヤーとして演奏モチベーションを煽られるような「目の前に楽器があるイメージ」ではない。そのことに関する賛否両論はあろうが、AKはつまり楽器ではなく音楽制作のためのツールと割り切られているのだ。そう考えればAKのエディット画面に用意されたパラメータの数々にも合点がいく。

Fig.1

Fig.1

Fig.2

Fig.2

fig.1はプリセットプログラムの選択画面。Fig.2はスタジオグランドのあるプリセットプログラムのエディット画面である。分かる人はもうこれだけで「あー、はいはい」だと思う。ノイズをどれくらい加えるかやピッチ、音色の調整(EQではなく)ができるだけでなく、ダイナミクスやイコライザー、コーラスをかけることができる。しかしやはりもっとも重要なのは最下段のミキサーである。ピアノの周辺にある多数の白やオレンジの丸印はマイクの置き位置。その丸印の数の多さから「こんなにたくさん置けるの?うへへへへ」とぬか喜びさせて申し訳ないが、AKに於て重要なのは丸印の数ではなく、ミキサーのフェーダーの数なのである。つまり実際に音源として使えるのは3箇所分だけなのだ。

Fig.3

Fig.3

fig.3のプルダウンメニューを見てもらえれば一目瞭然であろう。ただこの選択肢を3つのフェーダーに立ち上げて使えるわけで、オン/オフ/アンビエント各要素の音色キャラクターと音量バランスを組み合わせることで、音作りは相当追い込める。

マイクの置き位置(もちろん仮想空間での話)はピアノによっても異なる。個人的にはアップライトピアノの背後に置くリボンマイクにはちょっと驚いた。そういう知識がなかったので。単体で聴いてみると実に味わい深い音だった(笑)。断然アリな音である。一方グランドピアノの場合はハンマーを狙う普通のオン位置に加え、fig.1を見てもわかるようにX/Y方式も選べる。これもL/R置きをはじめとした各置き位置のマイクと同様にキャラクターがしっかり描き分けられており、選択に迷う甲斐がある。

そんな風に音色作りの実態は置き位置の3要素と各音量ブレンドに過ぎないのだが、これは一種のトレードオフだろう。置き場所やマイク種類の組み合わせを現状よりも増やせば、それはサンプル数の増加、メモリの圧迫、ダウンロードタイムの増大、価格の上昇などに即結びつくからだ。それにピアノに対してどんな種類のマイクをどこに置くかという問題は、ノウハウを元に臨機応変に対応するプロエンジニアの腕の見せ所。現実には「演奏者」「ピアノ」「エンジニア」の3要素によって収録されるピアノの音には無限のバリエーションが生まれる。つまり本当の環境どおりに再現されたとしても、使いこなせない可能性の方が高いのだ。AKの音色作りパラメーター構成は、再現性と操作性の落とし所をうまく見つけていると思う。

では楽器ごとのインプレッションを書いてみよう。

●スタジオグランドピアノ
プリセットは概ねダークな響き。これは要所要所にリボンマイクで集音されたサンプルが含まれているからだろうか。またオフマイクで集音した音やデフォルトでかかっているリヴァーブエフェクトも決してきらびやかな音質ではない。日本人の当方が勝手に想像する「ヨーロピアンでダークな音」という趣。コンテンポラリー系の音楽の中ではAK側のエフェクトは当然オフにするし、AK側でも良いしホスト側でも良いのだがEQ処理は必須になる。このEQ処理段階になると俄然AKは存在感を増してくる。まだ多くの曲の中で使ったわけではないが、集音しているマイクのキャラクターが最後の最後まで生き残る印象がある。

●モダーンアップライトピアノ
音色の傾向はグランドと同じだが、ボディの薄っぺらさやサスティンのそっけない感じが実にうまく再現されている。なるほど、ここまできちんとグランドピアノとのキャラクター差異が再現されているなら、アップライトピアノを選択する意味がある。ブルースには断然こっちだし、ロック系の「とにかくアタック!」的な演奏にはコンプレッサーきつめにかけてキャンキャン弾くのが似合いそうだ。また前述したとおり背面を狙うリボンマイク(モノラルだぜ!)があって、まったくの偏見だが、この背面リボンマイクをメインに「やるせない」感じに音作りして、キャロル・キングの曲を弾くとグッとくるように思う(笑)。

●マークワン(フェンダーローズピアノ)
アコースティックものから一転して、ローズだけはまるでアンプキャビネットの前に耳をそばだてて聴いているかのような音質である。ポロンと音を出してみれば「そうそう!本物もなんだかもこもこしてて、面食らうんだよな」とニヤリ。こちらもオンマイク/オフマイクの置き位置やマイクの種類が複数選べるし、当然ラインという選択肢もある。そういうわけで、ローズに限ってはAK内のEQで積極的に音を作ってからホストに渡したくなる。

3つの楽器ともエフェクトのかかり具合の微調整は必要だが、プリセットプログラムがどれも秀逸なので、ただぽろぽろと弾いているだけでも楽しいし、当然ライブステージでも使ってみたくなる。しかしプラグイン音源は打鍵から発音までの時間がコンピューターの処理能力に依存するという宿痾がある。実例としてバッファサイズを最小に設定した当家のMacPro(2012)では、スタンドアロン起動したAKをサスティンペダルを踏みっぱなしにしてグリスダウンなどすると、音が途切れるなどの実害があった。ホストコンピュータの処理能力と演奏内容は常にトレードオフの関係にある。リハーサルは慎重にされることを老婆心ながらご注進申し上げる。

総括的なことを書けば、この音源ならではキャラクターはきちんと表現できている。反面どの楽器を選んでもダイナミクスは狭い。マイク越しの音を聴いているという前提だし、ダイナミクス処理を施して最終形が見えてくるから当然ではあるのだが。その意味では同じプラグイン音源でも、シンセ系に感じる「あくまで素材です」感は希薄で、単体で鳴らしてもひとつの世界を提示できる音源だと思う。その上で、曲の中にどう落とし込んで行くか…という勝負。キャラがしっかりしているので、音源制作やライブを問わず、ソロやあまり音数の多くないシンプルなアンサンブルの中で実力を発揮するタイプの音源ではないだろうか。