世界的に酷暑に晒された2018年の夏だった。しかし先人の言葉である「暑さ寒さも彼岸まで」は、少なくとも私の暮らす仙台では本当にそのとおり。8月も半ばになりようやく下界に吹く風にも秋の気配が感じられるようになってきた。そんな気候変化に後押しされて、ミキサー周辺のリワイヤリングを決行した。ようやくアルバムをリリースし、劇団鼠の劇伴制作も一段落し、締切のある作業予定が無いタイミングでもあった。
今回のリワイヤリングの目的は、一部のハードウェアシンセサイザーとアウトボードをメインミキサー MACKIE.24/8にまとめてしまうこと。その最大の目的はサブミキサー MACKIE.MS-1402VLZをフリーにすることだ。なぜかというと、このコンパクトアナログミキサー、マイクプリの実力が侮れない。決してフラットな音質ではなく派手できらびやかな音に変わってしまうが、むしろ母艦たる24/8のマイクプリよりも良いんじゃないか…。しかしこれまでは、通常の音楽制作への登場頻度が低いシンセサイザーは、1402にいったんまとめて24/8に立ち上げていた。もっともこれはこれで利点があって、1402のユニークな仕様「チャンネルミュート=オルタネートアウトプット」を利用して、ミュートボタンひとつでモジュレーション系エフェクタへのSEND/RETURNを切り替えたり、めちゃくちゃ効きの良いEQなどは、例えばKORG POLY-61などのチープなアナログシンセであればこそ霊験あらたかなのだ。
だからこそサブミキサーを設置していたのだが、マイクプリを活かしたいもうひとつの理由として、曉スタジオのオーディオインターフェイスMetric Halo 2882にマイクプリが4chしか搭載されていないことが挙げられる。滅多にないことではあるが、4chを超えるマイクプリアンプが欲しい場合やライヴ会場への頻繁な持ち出しを考えると、1402はフリーにしておきたかったのだ。
さてそう思いついたのは良いが、ハードウェアシンセサイザーの台数が減ったわけでもないのに(むしろ微増している)、ミキサー1台にまとめられるだろうか。もちろんまとめられないからサブミキサーを併用していたのだが。実は24/8は文字通り24チャンネルミキサーであると同時にインラインミキサーでもあり、チャンネル数と同数のテープリターン(+4dB/-10dB切替もあり)を備えている。当然パネル上のスイッチひとつでチャンネルとテープリターンはシフト可能だ。またチャンネル信号を指定していても、EQのHi/Lowだけはテープリターン側にシフトできたりして、秘かにテープリターンをライン楽器入力用と兼ねさせている様子も窺える。つまり私のようにライン楽器ばっかり山ほど持ってるなんて人にとっては、24/8は「48チャンネルミキサー」と言い張ってもあながち妄言とは言えないのだ。このテープリターンをシンセ入力チャンネルに転用することを思いついた時は、まさにひざを打つ思いだったのだが、むしろなんで今まで気がつかなかったのか不思議なくらい基本的な使用方法である。灯台下暗しとはこのことか。
実際作業を始めてみると、思ったよりも大変な作業だ。残すケーブルと取り払うケーブルがある。またオーディオケーブルほどではないにしろ、デジタル電送系のケーブルも同じようにのたくっているので、選り分け作業に時間がかかる。物置と化していた24/8のパネル上を片づけていったん屋外に持ち出し、堆積していたホコリやゴミをこれでもかと清掃できたのは良かった。ほぼ10年分くらいの埃をキレイにする。しゃがんだり機材と機材の間に身体を割り込ませて変な体制での作業で、数日尾を引くくらい疲れた。
だがきれいになった24/8のパネル面を見ていると、なんだかワクワクしてくる。やはり身体を使って機材を操作するのは楽しい。昔話になるが、24/8は90年代半ばにAlesis a-dat(初代)2台とともに確か130万円くらいで購入した。バカでかいアナログミキサーと16トラックしか録音できないレコーダーが軽自動車1台分くらいもしたのだが、当時はむしろ革命的に安かった。おかげでこのペアを導入した個人・半業務スタジオが世界中で爆発的に増えたほどだ。その5年後くらいにはサンプルセルがProToolsに代替わりして、a-datを始めとしたビデオテープメディアを利用したレコーダーは急速に廃れていく。当曉スタジオもvision dspからCubase VSTへと、録音メディアそのものはDAWに移行した。それでもDAWからパラアウトして、24/8でアナログミックスする日々はしばらく続いた。当時はCPUの能力も今ほど高くなく、本格的なマルチトラックデータのin the boxミックスダウンは現実的ではなかった。(DAW側の)フェーダー一直線でパラアウトし、24/8で文字どおり手を動かしてミックスするのだ。DAWに依存する今の作業スタイルと比較すれば原始時代のようなやり方ではあるが、1回のミックスダウンにかける集中力という意味では比べ物にならない。だがマルチトラックレコーディングにおけるミックスダウンの諸要素を身体で理解できた、フェーダーに全神経を集中させる緊張感を経験できた、という意味ではエンジニアとして経験しておいて良かったと思う。
実際のつなぎ直し作業で一番イライラしたのは、いざケーブルをはわせてみると「あと10cm足りない!」というケースだった。99%のケーブルが自作ケーブルであり、都度都度の用途によって作ってきたからどれも長さが違うので仕方ない。ようやくケーブルをつなぎ直して、24/8の使い勝手向上のためモニターディスプレイの配置も変えた。その結果モニタースピーカーと干渉するのでそっちも置き方を変える。なんだよ重労働だな!だがこうして2018年夏、曉スタジオの使い勝手は向上した。したはずである。少なくとも見た目は向上した。何か1曲録音してみることにしよう。